私たちの生活に欠かせないスマートフォン、パソコン、自動車、そしてAI。これらの進化を根底で支えているのが、半導体です。しかし、半導体がどのように作られ、どのような企業が関わっているのか、その全体像はあまり知られていません。
本記事では、約64兆円の巨大市場を形成し、2030年には100兆円規模への成長が見込まれる半導体業界の複雑な構造を解き明かします。
半導体業界の構造
半導体業界は、異なる役割を持つ4つの主要な企業群が密接に連携し合うことで成り立っています。これらは、ウェーハメーカー、半導体デバイスメーカー、半導体製造装置メーカー、そして半導体商社です。まずは、これらの違いについて解説しましょう。
ウェーハメーカー
ウェーハメーカーは、スマートフォン、自動車、AIチップなど、あらゆる半導体デバイスの物理的な土台となる「シリコンウェーハ」を製造する企業群です。半導体は、この円盤状のシリコンウェーハの上に何層もの複雑な回路を形成していくことで作られるため、ウェーハは半導体産業のまさに基盤であり、その品質が最終的な半導体デバイスの性能と歩留まりを大きく左右します。
巨額の設備投資と高度な技術力が求められるため、新規参入が非常に難しいのが現状です。特に、大口径(300mm・12インチ)ウェーハの製造技術を持つ企業は限られており、上位数社が市場の大部分を占めています。
半導体デバイスメーカー
半導体デバイスメーカーは、スマートフォン、パソコン、自動車、家電、データセンター、AIチップなど、私たちの身の回りにあるあらゆる電子機器の「頭脳」となる半導体デバイス(半導体チップそのもの)を設計・製造する企業群です。
彼らの主な役割は、ウェーハメーカーから供給された高純度のシリコンウェーハを基盤として、その上に複雑な電子回路パターンを形成し、機能を持たせることで、実際に動作する電子部品を生み出すことです。このプロセスは非常に多岐にわたり、設計から製造、検査、パッケージングまで、高度な技術と専門知識が要求されます。
半導体デバイスメーカーは、AIや自動運転、6Gといった次世代技術の進化において中心的な役割を担っています。しかし、回路の微細化に伴う開発・製造コストの高騰、技術革新の加速、国際的な競争激化、そして地政学的なリスクといった多くの課題にも直面しています。これらの課題を乗り越え、いかに効率的かつ革新的なチップを市場に投入できるかが、今後の展望を左右するでしょう。
半導体製造装置メーカー
半導体製造装置メーカーは、スマートフォンやAIチップなどに搭載される半導体デバイスを実際に製造するために必要な、極めて高度で専門的な装置を開発・製造する企業群です。
半導体の加工にはナノメートル(10億分の1メートル)レベルの精密さが要求されるため、この分野の技術は半導体デバイスの性能を直接左右する、まさに「心臓部」とも言える存在です。
半導体デバイスの製造プロセスは、数百にも及ぶ非常に複雑な工程から成り立っており、それぞれの工程で専門の装置が必要となります。日本においては、長年にわたり培ってきた精密な設計・加工技術と、徹底した品質管理によって、上記のような様々な分野で世界的に高いシェアと競争力を維持しています。
半導体商社
半導体商社は、半導体メーカー(デバイスメーカーや製造装置メーカー)と、それらの半導体を最終製品に組み込む電子機器や産業機械のメーカーとをつなぐ役割を担っています。単に半導体製品を仕入れて納品するだけでなく、近年では事業の多角化が進んでいます。
たとえば、開発サポートを提供したり、顧客のニーズに応じた独自商品を開発したりすることもあります。また、FAE(フィールドアプリケーションエンジニア)と呼ばれる、技術に関する高度な専門知識を持つ営業職が活躍する場も多く、営業スタッフの技術サポートや、顧客企業のエンジニアとの直接的な技術打ち合わせを通じて、製品開発を支援しています。
半導体業界の市場規模
半導体業界は、現代社会のデジタル化を根底から支える、ておも巨大な基幹産業です。その市場規模は驚くべきもので、2020年のデータによると、以下の内訳で構成されています。
- 半導体製造工場…約50兆円
- 半導体製造装置市場…約8兆円
- 半導体材料市場…約6兆円
これらを合計すると、約64兆円という規模になり、これは多くの国の国家予算に匹敵するほどの巨大な経済圏を形成しています。
現在もなお力強い成長を続けており、今後もその拡大が予測されています。デジタル革命のさらなる進展に伴い、半導体市場は右肩上がりで成長を続け、2030年には現在の約1.5倍にあたる100兆円規模に達すると見込まれています。
この成長を牽引するのは、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、6G通信、自動運転、クラウドコンピューティングといった、次世代の技術革新です。これらの技術が社会のあらゆる側面へと浸透していくにつれて、半導体の需要は飛躍的に高まり、それに伴い関連市場も拡大していくと予測されています。
半導体業界は、単に電子部品を作るだけでなく、私たちの未来の生活や産業のあり方を形作る、戦略的に極めて重要な分野と言えるでしょう。
半導体業界の主な職種
研究開発や設計は、半導体業界の最前線といえる職種です。主に以下のようなものがあります。
- 回路設計エンジニア…半導体チップの頭脳である電子回路を設計する。デジタル回路から高周波回路前、専門分野が分かれている。高度な専門知識が必要である。
- プロセス開発エンジニア…半導体製造におけるプロセスを開発・最適化する。たとえば、基盤に薄膜を形成したり、光を当て回路パターンを転写する露光プロセスなどがある。材料や装置の特性を深く理解し、最先端の技術を追求している。
- デバイス開発エンジニア…半導体デバイスの構造や特性を研究・開発する。消費者のニーズを理解し、性能や消費電力、コストのバランスを考え、次世代デバイスの開発を目指す。
- ソフトエンジニア…半導体チップが正しく機能するためのソフトウェアや、製造装置を制御するソフトウェアの開発を行う。
いずれも高い技術と専門知識を必要とする職種ばかりです。
製造・生産技術職
続いては、実際に半導体を生産する現場を支えている製造・生産技術職を解説します。
- 製造オペレーター…クリーンルーム内で、半導体製造装置の操作や、ウェーハの搬送、簡単な検査などを行う。精密な作業と高い集中力を必要とする。
- プロセスエンジニア…製造現場における各プロセスの条件設定や監視、最適化を実施。装置の調整やトラブルシューティングを通じて、製品の品質向上や生産効率の最大化を図る。
- 製造技術者・生産技術エンジニア…製造ライン全体の生産計画の立案、工程管理、品質改善活動を実施。新製品の量産立ち上げや、生産性向上のための改善活動も担当する。
- 設備保全エンジニア…半導体製造装置の定期的なメンテナンスや修理、性能改善などを実施。装置の安定稼働を確保し、ダウンタイムを最小限に抑えることが重要となる。
品質管理・評価職
製造された半導体の品質を保証し、信頼性を高めるための職種です。製造された半導体デバイスを検査・評価する「品質管理エンジニア」と、開発中の半導体デバイスの性能を評価する「評価エンジニア」に分けられます。
市場に高品質な半導体を安定供給するためには、きわめて重要な役割があります。微細化が進む半導体デバイスでは、わずかな欠陥があっても製品全体の動作に致命的な影響を与えることも。今後も、これらの職種の重要性は増していくと考えられます。
営業分野
顧客との関係性を構築し、ビジネスを構築する部門です。自社製品を顧客に提案したり、疑問や要望を解決したりする役割を担います。
また、半導体製造に必要な材料や製造装置などをサプライヤーから調達することも。品質やコスト、納期などのバランスを考えながら、最適な取引の実現に向けて行動します。
半導体業界で求められるスキルは?
半導体業化においては、さまざまな知識が求められています。ここでは、特に重視されるスキルについて解説しましょう。
技術的な知識
半導体業界においては、電気・電子工学および物理学の基礎知識はまさに不可欠な土台となります。半導体は、現代エレクトロニクスの根幹をなす技術であり、その複雑な動作原理を深く理解することが、この業界で活躍するための第一歩となるからです。
半導体デバイスは、その名の通り「電気を通したり通さなかったりする性質(半導体特性)」を利用して作られています。この性質を最大限に引き出し、意図した通りの機能を持たせるためには、以下の基本的な知識が欠かせません。
製造プロセスの深い理解
半導体業界において、半導体製造プロセスへの深い理解と、それを実務に応用できる能力は、非常に重要なスキルセットです。どんなに優れた半導体チップの設計があっても、それを実際に形にする製造工程が伴わなければ、高性能な電子部品として完成することはないからです。
半導体技術の進化は非常に速く、新しい材料やプロセス、製造装置が次々と登場します。これらを迅速に学習し、自身の知識に取り入れ、実際の製造プロセスに応用していく柔軟性や適応能力も不可欠です。
問題を解決する力
半導体業界は、その高度な製造・設計工程ゆえに、日々様々な問題が発生します。これらの課題を迅速かつ正確に解決するためには、データ分析を駆使して問題の根源を特定し、効果的な解決策を立案する能力が不可欠です。
これには、各工程の正確な知識はもちろん、量産体制を確立・維持するノウハウも求められます。さらに、技術革新の速い業界では、常に新しい技術を学び、迅速に取り入れる柔軟性が必須です。半導体メーカーにおいて、このようなスキルを兼ね備えたプロセスエンジニアは、生産の要として極めて重宝されています。
コミュニケーションをとる力
半導体業界は、極めて高度な専門技術を持つプロフェッショナルたちが連携して動く世界です。そのため、チーム内や関連部署とのスムーズなコミュニケーションこそが、プロジェクト成功の絶対条件となります。
たとえば、設計エンジニアが意図する製品スペックを製造エンジニアへ正確に伝えられれば、開発プロセスは格段に効率化し、求める性能を持つ半導体をスムーズに生み出せます。逆に、ここでの連携が滞れば、認識のズレから手戻りが発生し、時間とコストの無駄につながりかねません。
また、顧客とのやり取りも半導体ビジネスの重要な一部です。複雑な技術内容を、専門知識を持たない相手にも分かりやすく説明する能力は、信頼関係を築き、ビジネスチャンスを広げる上で不可欠です。
コミュニケーション力を磨くことは、単に情報伝達を円滑にするだけでなく、プロジェクト全体の質を高め、納期を確実に守るための強力な武器となります。
まとめ
記事では、現代社会の基盤を支える半導体業界の全体像を解説しました。
業界は大きく、半導体デバイスの「土台」を供給するウェーハメーカー、「頭脳」となる半導体チップを設計・製造する半導体デバイスメーカー、チップ製造に必要な「精密な道具」を提供する半導体製造装置メーカー、そしてこれらを繋ぐ「架け橋」となる半導体商社の4つの企業群で構成されています。
2020年には約64兆円の市場規模を持ち、AIやIoT、6G通信などの進展により、2030年には100兆円規模への成長が見込まれる巨大産業です。この成長を支えるには、電気・電子工学と物理の基礎知識、半導体製造プロセスへの深い理解、データ分析による問題解決能力、そして円滑なコミュニケーション能力が不可欠となります。それぞれの専門家が密接に連携し、日々技術革新を追求することで、半導体業界は未来のデジタル社会を牽引し続けています。